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大阪地方裁判所堺支部 平成2年(ヨ)197号 決定

申請人

烏山直志

右代理人弁護士

平山正和

岡崎守延

山名邦彦

村田浩治

被申請人

南海電気鉄道株式会社

右代表者代表取締役

吉村茂夫

右代理人弁護士

中筋一朗

益田哲生

荒尾幸三

爲近百合俊

主文

一  被申請人は、申請人に対し、被申請人の従業員として仮に取り扱え。

二  被申請人は、申請人に対し、二六五万四七三〇円及び平成三年八月一四日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り、一か月金二〇万四二一〇円を仮に支払え。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

主文と同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二争いのない事実

一  申請人は、昭和五七年三月一九日被申請人に雇用され、同五七年六月より堺東駅駅掌、同五八年六月より堺東列車区車掌、同五九年八月六日より同運転士見習、同六〇年三月八日より同運転士として勤務して今日に至っている。

二  被申請人は、鉄道事業等を営んでいるものであり、その鉄道営業部門に堺東列車区(高野線)があり、堺東駅構内にその列車区の事務所(営業所)を有して事業をしており、申請人に対する人事に関する処理を右堺東の事務所で行っている。

三  被申請人は申請人に対し、申請人において平成二年七月九日堺東列車区助役原田久生(以下、原田助役という)に対する暴行・傷害行為があったとして、同月一四日、懲戒解雇とする旨の意思表示(以下、本件解雇という)をなし、申請人が被申請人との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることを争っている。

第三争点

本件解雇の効力については、解雇に至る手続が労働協約、懲戒委員会規程に違反しているかどうか、及び懲戒解雇の処分を選択したことが解雇権の濫用にあたるか否かということが争点であるところ、右各争点につき、被申請人及び申請人は以下のとおり主張している(なお被申請人は、保全の必要性についても争っている)。

一  被申請人の主張

1  本件解雇の手続につき申請人主張のような瑕疵はない

被申請人会社では、労働協約(第一六条の二)により「会社は組合員を懲戒により解雇するときは、組合から選出された委員の参加する委員会の審査を経て行う。」とされているところ、本件解雇は右懲戒委員会の審査を経て行われているから協約違反はない。さらに本件では懲戒委員会において懲戒解雇やむなしの決議もなされたものであって(全員一致ではないが、懲戒委員会規程第七条但書に則っており有効である)、手続違背として問題になるようなものは何もない。

2  懲戒解雇事由の存在

(一) 申請人は、平成二年七月九日午前一一時一〇分ころ、千代田車庫構内において、列車ダイヤが乱れた関係で乗務員の手配等で派遣されてきていた原田助役が食堂で食事をお盆の上に載せているのを認めるや、「何で俺が来るまで待ってへんのや」「お前、ワガだけめしの段取り出来てエエのう」などと大声でわめき出した。同助役がその言葉遣いをたしなめたうえ、「すぐに詰所に戻るので待つように」と言ったが、申請人は聞き入れようとせず、なおも「俺らメシ食わんと走っているのに助役はメシ食ってエエのう」などと喧嘩腰で絡むなどした後、「外で待っとるぞ」と言い捨てて食堂から出た。

(二) 原田助役はその後すぐに盆の上に食事を載せ、詰所に戻るべく食堂を出たところ、待ち受けていた申請人がいきなり同助役につかみかかり、同助役の開襟シャツ前部襟首付近をつかんで同助役を力任せに左右に振り回した。このため右開襟シャツの第一ボタンが飛び散り、同助役が手にしていた食事は盆ごと地上に落下して、あたりに散乱した。同助役が「何をするんや」と言ったところ、申請人は更に同助役に対し、右膝で同助役の左大腿部を蹴り上げるという暴行を働いた。原田助役は右暴行により通院加療一週間を要する左大腿部打撲の傷害を蒙った。

(三) 被申請人は、申請人のひき起こした前記暴行及び傷害行為は、被申請人会社賞罰規程第一五条(5)の「会社内において、傷害、暴行、脅迫、と博並びに風紀秩序等を乱す等の行為があったとき」に該当するものであるとして、懲戒解雇処分をおこなった。

二  申請人の主張及び反論

1  本件解雇は手続違反により無効である

本件解雇に関する懲戒委員会の決定は懲戒委員会規程第七条本文の「委員会の決定は全員一致による。」との規定に反して全員一致によらないで行われたものであり(同条但書の「やむをえない事情」もないので多数決によることはできない)、また同規程第八条に定める必要な事情聴取を全く行わず事実把握が不十分のまま決議を行っているから、無効であり、したがって本件解雇は懲戒委員会の審査を経たものとはいえないから、結局労働協約第一六条の二に違反して無効である。

2  本件解雇は、解雇権を濫用したもので無効である

申請人が原田助役に対し被申請人主張の日時場所において有形力を行使したことは認めるが、その態様は、申請人の右大腿部を同助役の左大腿上部に当て、また助役を止めようとしてその上着の襟を引っ張った程度で、軽微である。そして右事情のほか、本件トラブルに至った経緯、申請人の当日の勤務状況、原田助役の直前の態度等を総合すれば、申請人を懲戒解雇に付すことは重きに失し、解雇権の濫用である。

第四争点に対する判断

一  手続き違反について

1  (証拠略)によれば、被申請人会社・組合間の労働協約一六条の二には「会社は、組合員を懲戒により解雇するときは、組合から選出された委員の参加する委員会の審査を経て行う。」と規定されていること、また(証拠略)(〈証拠略〉)によれば、被申請人懲戒委員会規程七条には「委員会の決定は、全員一致による。ただし、やむをえない事情ある場合、委員長は、出席者の過半数をもって決議することができる。」と規定されていることがそれぞれ認められる。

2  (証拠略)によれば、平成二年七月一三日午後一時二五分ころから懲戒委員会が開催され、会社側委員として草開義勝人事部長(委員長)、東眞也人事課長、亀井康年労務課長、福田順太郎運輸部庶務課長、組合側委員として村橋勝書記長、杉本慶蔵組織部長、柏本史和鉄軌対策部長、山本正和第七分会長が出席したこと、まず東委員が事件の概要を説明し、補足的に申請人及び原田助役に対する事情調査の内容と事件の性格から判断して情状酌量の余地は考えられない旨説明したこと、ついで組合側の山本委員が独自の事実調査に基づいて説明し、申請人が助役に暴行を加えた点は大筋認めるものの、ダイヤの乱れがあったことや申請人が詰所に入ったときに原田助役がいなかったことを理由に情状酌量の余地があるという主張がなされたこと、その後主として組合側委員から意見の開陳があり、午後三時こういったん休会となったこと、休会の間組合側委員は意見を統一しようとしたもののまとまらず、再開後村橋委員が多数決の方法をとってもらっても構わないと発言したが、委員長は、全員一致の結論を得るべく審議を続行したこと、しかし山本委員があくまで懲戒解雇に反対し減給処分を主張したため、委員長において多数決の方法で議決することにし、結局午後四時三〇分ころ七対一で懲戒解雇と決定したことが認められる。

右事実によれば、本件では申請人が組合分会長の事前の事情聴取においても原田助役に対し暴行を加えたことを基本的に認めていたこともあって、懲戒事由該当事実の存否自体は大きな争点とならず、もっぱら情状酌量の余地があるか否かが論議の中心となったものであり、そうとすれば、懲戒委員会委員長において、懲戒解雇を相当とする会社側委員及び山本委員を除く組合側委員とこれに反対する山本委員とで意見の一致を得るのが困難と判断し、前認定程度の審議の結果(なお会社側が「初めに懲戒解雇ありき」の方針で臨んでいたことは(証拠略)からも明らかであるが、このこと自体を決議の瑕疵とすることはできない。)、全員一致を断念して懲戒委員会規程第七条但書の「やむを得ない事情」があるとして多数決を採用したことをもって、解雇無効を惹起させる手続違反ということはできない。それゆえ協約違反をいう申請人の主張も採用できない。

二  解雇権の濫用かどうか

1  (証拠略)に後掲括弧内の各疎明を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 平成二年七月九日早朝、泉北高速鉄道線で車両故障が発生し、右泉北線に接続する南海高野線も列車ダイヤが乱れていた(最大三〇分前後の遅れが生じていた)。運転士や車掌は、列車の遅れを少しでも回復させるため緊張した運転業務を続けていた。(〈証拠略〉)

原田助役は、事故助役より乗務員手配等のため千代田車庫に行くよう指示されたので、これに従い午前一〇時一〇分ころから同車庫において乗務員の手配を行っていた。

(2) 申請人は、同日午前七時二〇分堺東列車区に出勤し、予定の泉北高速線光明池駅同八時〇六分発難波行き普通列車に乗務運転するべく電車に便乗して光明池駅に赴いた。同七時五〇分ころ同駅に到着したが、上記ダイヤの遅れのため右普通列車(乗り組み車掌井上隆行)は約一〇分遅れで発車し、難波駅には約三〇分遅れの同九時三七分ころ着いた。ダイヤが通常どおりであれば、申請人は難波駅乗務員控室で朝食をとる(休憩時間として設定されてはいないが、黙認されていた)のであるが、乗務指示がいつなされるかわからないため、そのまま控室で待機した。(〈証拠略〉)

(3) 申請人は、午前九時五五分ころ、難波駅一番線ホームに列車が到着するや、堀川助役の指示を受け、同番線から河内長野駅行き各駅停車として一〇時五分ころ出発した。途中回復運転に努めたが、河内長野駅に一〇時五七分ころ(約二七分遅れ)到着し、午前一一時三分ころ千代田車庫に入庫した。(〈証拠略〉)

(4) 列車到着後、井上隆行は、必要な作業を終えて乗務員休憩所に入るとそこに原田助役がいたので次の担当乗務を聞くと、助役は「正規で担当してほしい」と返事し、入換係員詰所(以下、単に「入換え」ともいう)に向かった。井上はそのまま休憩所で待機していた。まもなく入庫作業を終えた申請人が休憩所にやって来て井上を見つけ、同人から「正規らしいで」ときいたが、念のため助役からも確認しようと思い、原田助役の場所を尋ねると、井上が「入換え」と答えたので、入換えに行った。申請人が入換えに行くと、原田助役は食堂に行ったと聞かされ、食堂に向かった。なお原田助役は、入換運転士中田均から「昼になったら食堂が混雑するので今のうちに食事を取りに行って入換え詰所に持ってきておいた方がいい」との話を聞いて食堂に赴いたものであった。(〈証拠略〉)

(5) 申請人が食堂に行ったところ、お盆におかず二品とご飯を載せ、注文した中華そばができるのを待っていた原田助役を見つけた。申請人は、井上に引き続いて申請人が来るのが分かっているのであるから申請人が来るまで待っていて欲しかったという気持ちがあったため、開口一番「何で上がってくる二、三分待ってへんねん」といい、続いて「わがだけ飯の段取りしてええのう」との言葉を発した。原田助役は、いきなり申請人から非難されたこともあって、「人間らしいしゃべられへんのか」と申請人をたしなめたところ、申請人は「俺らメシ食わんと走っているのに助役はメシ食ってエエのう」「俺ら一〇分しか時間がないんやぞ」とからんだ。これに対し原田助役は「時間のことは出勤助役に言いなさい」と答えた。申請人は被申請人と一、二言葉をやり取りしたのち、そこでは人がいるので、食堂の外で話をしようと食堂を出た。(〈証拠略〉)

(6) 原田助役はその後すぐ盆の上にラーメンを載せ、詰所に戻るべく食堂を出たところ、申請人が近づいてきたので、申請人に対し「なによう」(「何やねん」という意味)と声をかけた。申請人は原田助役に対し、再度「みんなが飯を食わんと頑張ってるのに、ワガ飯食えていいなあ」と言ったところ、原田助役が「お前に指示されんならんことはない」「殴るやったら殴ってみろ」と言った。申請人は原田助役の言葉を聞き、興奮して原田助役の開襟シャツの襟首を両手でつかみ二回振り回し(このため開襟シャツ第一ボタンがちぎれた)、その姿勢のまま右膝で原田助役の左大腿部を蹴った。なお、申請人が原田助役の襟首をつかんで振り回したはずみで、同助役が持っていたお盆から漬物が入っていた小さな容器を除いて、中華そばやご飯などがすべて路上に落ちた。(〈証拠略〉)

(7) 原田助役は、申請人の暴行に対し「何をするんや」と抗議をし、騒ぎを聞いて食堂の従業員岸本千鶴子らが出てきたので、同女らに「証人になってや」と言った。さらに原田助役は、腹立ち紛れに、申請人に対し「食事代弁償せいや」と突っかかった。申請人はこの言葉を耳にして、一万円札を原田助役の開襟シャツのポケットに入れようとしたが、原田助役は受け取らなかった。その直後ころ、入換係員詰所の者が原田助役に対し電話がかかっている旨告げたので、同助役はその場を離れ、詰所に向かった。

(8) 原田助役は、同日午後一二時半ころまで千代田車庫で仕事をしたのち、堺東支区に戻り、会社側から本件につき事情聴取を受け午後五時半ころ退社した。翌一〇日午前高石市羽衣にある南海研修所で英会話教室に行き、午後、堺市大浜北町所在の会社指定病院の阪堺病院に行って、医師の診察を受け、「七月一〇日より一週間の通院加療を要する左大腿部打撲」との診断書の交付を受けた。同日夜、申請人が山本分会長に付き添われて原田助役の自宅に謝罪のため訪れたが、原田助役は会わなかった。原田助役は以後、医師による治療を受けていない。(〈証拠略〉)

以上のとおり認められる。

2  申請人は、審尋期日において、原田助役に対する暴行の程度につき「右大腿部が助役の大腿部に当たった程度」とか「上着の襟を軽く引っ張ったにすぎない」と述べるけれども、原田助役の陳述(曖昧な部分もあるが、暴行の有無・程度については信用できる)や申請人自ら山本分会長の事情聴取に際し「蹴った」ことを認めていたことなどからして採用できない。しかし、その態様は前記認定にとどまるものであって、暴行に該当するとはいえ、比較的軽度な部類に属するものといって差し支えない。なお申請人の右暴行の直前に原田助役が挑発的な言葉を発したかどうかについて、当の原田助役は否認しており微妙であるが、同助役は食堂を出た直後の状況については回避的な陳述をしていること(〈証拠略〉)や岡本登作成の報告書(〈証拠略〉)の存在から前記のとおり認定した。以上認定に抵触する疎明資料は採用しない。

3  以上によれば、申請人の行為が賞罰規程第一五条(5)の「会社内において、傷害、暴行、脅迫、と博並びに風紀秩序を乱す等の行為があったとき」に形式上該当することは明らかである。しかし、会社が懲戒権を行使する場合客観的に妥当な処分をなすべき義務があるものというべきであり、(証拠略)によれば、現に会社の賞罰規程においても「軽微であったとき」とか「その他特別の事情により情状酌量の余地があると認められたとき」には「その懲戒を軽減または免除することがある」(第一二条)と定められている。

申請人の行為は、安易にこれを容認できないものであることはいうまでもないけれども、暴行の態様としては比較的軽い部類に属するものであり、かつ傷害の結果も日常生活に影響を及ぼさない軽微なものと認められるうえ、右行為に至る事情にしても、ありていにいえば、当日申請人は早朝から生じた列車の遅れを取戻すべく回復運転等神経を使う業務に従事しつつ、普段と違って朝食のとれないまま次の乗務を控えて心せかれる思いをしていた折から、たまたま早めに食事を確保せんとしていた原田助役を見て立腹し、さらに同助役の挑発的な言葉に興奮して、思わず手と足が出てしまったというのが真相に近いものと思われるのであって、偶発的な色彩が濃く、しかも短時間で収拾された結果職場内にもさしたる混乱をもたらさなかったものと認められ、そうだとすれば、申請人がこれまで必ずしも申し分のない運転士とはいえず、上司から言葉遣いや服装等でたびたび注意指導を受けていたこと(〈証拠略〉)等申請人につき不利な事情(被申請人は、申請人が審尋等で暴行を否認するなど反省の態度が見られないというが、申請人が当初暴行を認めたのはその程度では懲戒解雇になるとは思わなかったためで、乱暴した事実を深刻に受け止めなかった点は問題ではあるが、これが申請人の予想に反し懲戒解雇という厳しい処分に直面した以上は、これを不当処分として自己の権利を守るべく最大限に抗争せんとするのはやむをえないものがあるのであって、右抗争態度をことさら申請人に不利な事情として重視するのは相当でない。)を考慮しても、申請人に対し、賞罰規程第一五条(5)にいう「会社内において、傷害、暴行等の行為があった」という理由で懲戒解雇に及ぶことは、その処分に至る事実の評価が過酷に過ぎ、その情状の判定、処分の量定等の判断を誤ったものというべきであり、結局、その処分が客観的妥当性を欠くが故に、賞罰規程適用の誤りとして、懲戒解雇は無効と解するのが相当である。

三  必要性

(証拠略)によれば、申請人は、本件当時ひとりで生活していたが、賃金(一か月二〇万四二一〇円・〈証拠略〉)以外に資産がなく、平成二年一二月末従前から決めていた結婚はしたものの経済状況は好転せず、アルバイトなどによって生計を補っていることが窺われ、被申請人から従業員として取り扱われず、本案判決確定に至るまで賃金の支払を受けられない場合には生活の困窮等回復し難い損害をこうむるおそれがあり、仮処分の必要性が認められる。

第五結論

よって、申請人の本件仮処分申請は理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 森野俊彦)

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